【33歳の自由研究】長いお盆休みと小さな目標2つについて【100日チャレンジ14日目】
随分とまた長い間ブログを休んでしまった。
お盆休み前後でいろいろあった。
大半は次男の発熱からの異常なまでの不機嫌への対応で終わった。
コロナ、インフルではなかったが4日間高熱が下がらず、なんだろうなんだろうと言ってる間に全身に発疹が出てきて、突発性発疹だと判明しほっとしたのも束の間、「不機嫌病」の異名を持つこの病気により例に漏れず次男も今までにない不機嫌を発揮してずっとママママと私のそばを離れなかった。
長女が産まれてから我慢ばかりさせているがまだ次男も2歳前。こんな時くらいはと本当にずっとずっと一緒に居たが、母といるからといって彼の不機嫌が治るわけではなく、大前提母じゃないとダメというだけで、私1人に台風の様な不機嫌を撒き散らす1週間だった。
熱はかわいそうだし、べったりくっついてくれる次男は可愛くもあったのだが、やはり不機嫌な子どもと四六時中離れずにいることは体力・精神共にきつかった様で、お盆が明けた2日目に今度は私の方が頭痛で一日ダウンした。
その日はあまりにも頭痛がひどく眠ることもできなかったが、夜湯船にゆっくり浸かり、夫に首をマッサージしてもらうことで翌日には頭痛はマシになり、午前、午後と長女と共に昼寝をすることで殆ど回復した。
今も首筋の痛みはあるが、概ね連休前の体調を取り戻せた様に思う。
明日は念願のヨガ体験に行ってくる。
何と見守り保育付きのため、子どもも連れて行くことができるのだ。ありがたい。
数日休んだブログのリハビリを兼ねた更新のため今日は短めの文章で終わるが、何個かここに決意を軽く記しておく。
軽い決意ってなんやねん。
忘れない様に書いとくけど、日にちがだったらやっぱりやめるかもしれない決意のことです。
それって決意っていうのかな?
まあいいや。
①保育士の資格勉強をする
②「戦争はなぜ無くならないのか」を自由研究の課題として本を読む
①の決意について、これは将来的に児童福祉士の仕事をしてみたいなと思いまして。でも軽く自分の住んでる市で求人を見たところ、未経験でも問題ないが児童福祉士の資格が必須の所が多かったです。児童福祉士は何個かの資格の複合したものらしく、その中で今の私に取れそうな資格が保育士でした。
子どもについての勉強もしてみたいと思っていたのでちょうどいい機会かと思い、チャレンジしようと決意した次第です。
目指せ来年4月受験。
②つ目の決意。これは、単純に何で戦争が起きるのかなっていう疑問から。
きっとその答えはネットで検索すれば出てくるし、同時にそれがわかったところで戦争は終わらないと思う。
原因だって単純なものじゃなくて、いろんな原因が合わさって起きてるから、戦争はなぜおきるのか?答えはこうだからです!なんて解決できるとは微塵も思っていない。
でも私が子どもに「なんで戦争するの?」って聞かれた時に、「人間は愚かだからね。ずっと戦争するんだよ。」という言葉だけで終わらせずに、もう少し喋れるようになりたいなと思ったし、自分で少しでも理解を深めた上で、「戦争はしてはいけないよ」と言いたかった。
勿論理解か深まろうが浅かろうが、「戦争をしてはいけない」という言葉を唱えることに何の問題もないと思うし、この主張は変えたくないが。
戦後80年の節目で、戦争について考えるいいきっかけもあったことだし、私の遅い夏の自由研究をしようと思う。
テーマが広すぎるし、方向性も分からないから、まずは興味のあることからすこしずつ本を読んでいきたいと思う。
最初は宗教について調べる。各国の宗教観の違い。
どこに着地するか分からないけど、無駄にはならないと思う。33歳の自由研究、発表の場はこのブログです。
また明日から、どうぞよろしくお願いします。
【4ヶ月検診で引っかかる】体重がなかなか増えない中で見つけたNUKの哺乳瓶【100日チャレンジ13日目】
生後4ヶ月の娘の体重が増えない
先日、長女の4ヶ月検診があったのだが、体重の増えが悪く再健診となった。
成長曲線をギリギリ下回ってしまったのだ。
生後1ヶ月半までは順調に母乳とミルクの混合でいけたのだが、徐々にミルクを受け付けなくなっていった。
それでもしばらくは母乳はしっかり飲んでくれていたのだが、3ヶ月に差し掛かった頃から、今度は母乳もあまり飲まなくなった。
ミルクは飲まない。
母乳も大して飲まない。
そんな赤ちゃんは大体お腹が空いて不機嫌になりそうなものなのだが、娘はこんな状況でもお腹の空きを訴えることは無く、なぜかいつも上機嫌にニコニコしている。
そしてよく寝る子でもある。
3人目にして初めての経験なのだが、カーペットの上に転がりながら、眠くなると自分で指を咥えながらスッと眠りにつく。
今まで自力で寝る赤子なんて、都市伝説だと思っていた。
兄二人はしっかり寝かしつけが必要な赤子だった。
長男は特に、いわゆる「背中スイッチ」が過敏な赤子だったので、寝かしつけに数時間かかることはザラだった。
夜中あまりに泣くから、抱っこ紐に押し込めて家の周りをうろうろ歩き回ったのを今でも鮮明に覚えている。
今しんどくても、いつか自然に寝る時が来るよ、と先輩母たちに言われるたびに、
「いつかっていつだよ。今しんどいんだよ。今どうにかする方法を教えてくれよ。」
と心の中で悪態をついていた。
次男もまぁ、長男ほどではないが、抱っこで寝かしつける必要のある赤子だった。
そんな経験しかしてこなかったものだから、眠たい時に自分で眠る赤子のありがたさはひとしおだ。
こんなに寝かしつけに苦労しない赤子がいるものなのかと、本当に驚いている。
しかし人間、やはり何が楽であれば、また別の面で問題が発生するものなのだろう。
冒頭でお話しした通り、娘は食事には興味がないようで、ちょっと飲んでは乳を離し、ちょっと飲んでは乳を離し。
何なら歯の全く映えていないお口でこれでもかと乳を噛みにかかる。
歯のない歯茎で噛まれても十分痛いのに、歯が生えてきたら私はどうなってしまうのか。
私の乳首は彼女に噛みちぎられてその役目を終えるのではないのだろうかと、恐ろしい想像ばかりしてしまう。
ではミルクはどうなのかというと、大体口に含ませるだけでギャン泣き。
それかニヤニヤ舐めしゃぶるだけで、一向に吸う気配がない。
どこかの国の諺に、「馬を水辺に連れて行くことはできるが、馬に水を飲ませることはできない」というものがある(気がする)が、この諺が比喩ではなく、ほぼ文字通りの意味で娘に当てはまる。
赤子に乳を与えることはできるが、赤子に乳を飲むことは強要できない。
そうは言っても成長曲線の範囲中に入る体重であればこのまま適当に気の向いた際に母乳を飲んで頂けばいいのだが、下回ってしまうと話が変わってくる。
栄養が足りていないのなら、無理にでも飲ませる必要があるのではないか。
しかし、母乳は吸ってもらわないと飲ませられない。
今まで使用してたピジョンの母乳実感の哺乳瓶も全く吸わない。
やれ、困った。
インターネットで同じようにミルクを拒否する赤子を持つ親御さんのブログなどを拝見し、どの哺乳瓶なら飲んでくれるのか調べる。
その結果、ドイツのブランド「NUK」の哺乳瓶は、ほとんど吸わないでも勝手にミルクが飛び出てくる仕様であるとの意見が多く見受けられた。
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早速試してみたのだが、なるほど、確かに哺乳瓶を傾けただけでミルクが飛び出してくる。
娘に咥えさせたところ、勝手に口に流れてくるミルクに大激怒し、一体どれくらいのミルクが胃に入ったのだろうかと思うほど口の端からこぼしてはいたが、明らかに他の哺乳瓶よりも飲んだ量(というか減った量)が多かった。
飲みながら本当に嫌そうな顔をして泣く娘を見るのは心苦しいが、これで少しは体重が増えてくれることを願うばかりである。
哺乳瓶のことは嫌いになっても、私のことは嫌いにならないでください。
ちなみに、市の助産師さんに相談したところ、外に興味がありすぎて、食事どころの騒ぎではないのじゃないか、とのことだった。
実際4ヶ月を少しすぎたくらいの月齢ではあるが、もうずり這いを始めて家の中の探索をしていらっしゃる。
兄二人が楽しそうにしているのをみて、自分も参加しに行っているようなそぶりを見せている。
好奇心強めガールなのだろう。
彼女の成長ペースがあるのだから、何もかもが標準通りに行くとは限らないのは承知の上だが、どうか健やかに、健康第一で育っていってほしい。
私の願いは、ただそれだけだ。
おまけの映画鑑賞
それはそうと、今日は鬼滅の刃の映画を観に行った。
ネタバレになってしまうので詳細の感想は避けるが、とても引き込まれる映画だった。
無限城の作り込みがすごかった。
終盤、隣で夫が鼻を啜る音がした。
私は映画をみながら、心臓のバクバクがとまらなかった。
少しでも鬼滅に興味がありつつ、まだ観に行っていない方は、是非映画館に観に行ってほしいと思う。
3時間があっという間に過ぎる映画だった。
【ベランダ緑化計画】シマネトリコが予測変換にでてこない【100日チャレンジ12日目】
シマネトリコを植えたいのだが
引き続き、家の緑化計画の妄想に励んでいる。
我が家の小さな小さなベランダは南向きかつ、西陽が当たるため、日光に強い樹木が適しているそうだ(Gemini調べ)。
最初はすでに家にある紅葉の鉢を置こうと思っていたが、紅葉は半日陰くらいの場所が適しているそうで断念した。
代わりにシマネトリコを置こうと思う。
夫に「ベランダには、シマネトリコを置くことにしようと思う。強い日差しにも負けないらしい。」と相談した。
夫は、「シマネトリコ?シマネトリコって、島根にある樹だからシマネトリコなの?」と笑いながら返答をくれた。
なぜ笑っているか分からない私は、「知らんよ。でも外国の樹じゃないの?」と答える。
そうと決まれば、いざ、シマネトリコの育て方を調べるため、得意のGeminiで検索をしようとしたところ、「シマネ」と打ち込んでもシマネトリコが予測変換にでてこない。
「島根」しかでない。
ここで何かがおかしいことに気づく。
シマネトリコなんて有名な樹が、予測変換に出てこないなんてことはないはず……。
改めて、Geminiの画面をよくよく見ると、「シマネトリコ」ではなく、「シマトネリコ」だった。
夫がうっすら笑っていたのはこのためだった。
そらそうだ、なんだよシマネトリコって。
島根の虜かよ。
自分の間違いに、思わず笑ってしまう。
いかにカタカナを適当に読んでいるかが露呈した。
夫は無知な私を笑ったのではなく、「あぁ。またこの人はカタカナを適当に読んでいるな。」と笑ったのだろう。
何を隠そう、私は、カタカナを適当に読む常習犯だ。
カトラリーかカラトリーかわからない。
アキハバラかアキバハラかわからない(これは「秋葉原」という言葉より先に「アキハバラ電脳組」を知ってしまった弊害だと思う。懐かしいですね、アキハバラ電脳組。見たことはないですが。)。
今、パッと思いつく間違いはこれだけだが、過去に何度も間違えており、実の親兄弟や夫からはカタカナ読めない人認定されている。
でも私のようにカタカナを雰囲気で呼んでる人、多いと思うんだよなぁ。
なんにせよ、シマトネリコ、植えます。
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人のエッセイを読むのが好きだ
全く関係ないけれど、私はエッセイが好きだ。
というか、人の生活を垣間見るのが好きだ。
人生で1番最初に読んだエッセイで、今でも時々読み返すのは、安野モヨコさんの『美人画報』。
小学校6年生の時に母親が買っていた『美人画報ハイパー』を読んで、なぜかしらんが感銘を受けた。
タイトル通り、美容について語るエッセイであり、全くもって小学生向けではないのだが、モヨコ先生の文章が当時小学生だった私の琴線に触れたのだろう。
その後自分のお年玉で『美人画報ワンダー』も購入し、さらに文庫本も全て揃えたうえで、最近発売された電子書籍バージョンも購入している。
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今でもモヨコ先生のエッセイは大好きで、特に『くいいじ』は文庫本を何度も何度も読み返している。
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読むと必ず、ご飯をつくりたくなる本だ。
それも、素朴な料理を。
そして鎌倉に住みたくなる。
インテリアについて書かれた『ふしん道楽』もすきなのだが、こちらは雑誌の連載が1冊の書籍としてまとめられていないため、書籍化を熱望している最中である。
その他の作家さんで言えば、吉本ばななさんの書かれるエッセイも好きだ。
とくに、『小さな幸せ46こ』は、読み返すたびにほろりと泣けてしまう。
日常にある小さなしあわせが詰まったエッセイ。
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読むと、人生って幸せだなと、じんわり暖かな気持ちになるエッセイだ。
そして今は、『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を読んでいる。
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この本は最近よく耳にするので、ご存知の方も多いのではないだろうか。
総じて、私は旅行記などの非日常を描くエッセイより、筆者の日常について綴られたエッセイが好きだ。
人の生活を覗き見したいのだ。
ひいては、人の人生観を知るのが好きなのだ。
もし、皆さんのおすすめのエッセイがあれば是非教えて頂きたい。
【風が吹くように嘘をつく】子どもの言い間違いは親にとって一生の宝物【100日チャレンジ12日目】
子どもの「言い間違い」ほど、愛しい言葉はない
今日、長男が保育園から帰るなり、「Aちゃん、最近、風が吹くように嘘つくねん。」と言ってきた。
聞き間違えたかと思い再度聞き返すが、間違いではなかった。
風が吹くように嘘をつく。
どうやら長男は、『息をするように嘘をつく』という言葉を、誤って覚えていたらしい。
Aちゃんは長男の友達で、同じ保育園且つ同じ町内に住んでいる男の子だ。
そのAちゃんが先日我が家に遊びにきていた時に、「オレ、swith2持ってんねん!」と言っていた。
我が家は抽選にすら申し込んでいないのだが、「え〜当たったの!?すごいね〜!」と話していた。
お母さんがお迎えに来たので、「swith2当たったんですか?いいですね〜!」と何の気なしに話したところ、「いえ…当たってません……。」と。
そういえば、長男が保育園から帰るなり、「Aちゃん、引っ越すらしいで!」と言っていたことを思い出し、「そういえば、Aちゃんお引っ越しするって聞いたんですけど……。」とお母さんに聞いてみる。
するとお母さんは苦笑いで、「しないです。A、最近息をするように嘘をつくんです。」
Aちゃんに限らず、長男6歳と同じ年頃の子は悪気なく、「こうだったらいいな」と深く考えずに嘘をつきがちな年齢のだろう。
うちの長男もよく、しょうもない嘘をついている。
特に気にせず、そうなんですね〜と話を終わらせたのだが。
どうやらその会話を長男が聞いていたようで。
なるほど、「息をするように」が「風が吹くように」。
なんだか素敵な言い間違いである。
ちょうど今日、保育園に迎える前に図書館で『100万回死んだねこ 福井県立図書館』を借りていたため、そのタイムリーさにも感動した。
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正確には『100万回死んだねこ 福井県立図書館』に掲載されている事例は言い間違いと少し異なるが、ニュアンスとしては同じ部類に入る間違いだとおもう。
ちなみに、『今日ゴリラを植えたよ』も借りたかったのだが、こちらは惜しくも貸し出し中だったため、次回借りることにする。
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こどもの言い間違いには、ただの言い間違いとは違う、独特の味わい深さがある。
子育てと子どもの言い間違いはセットなのではないだろうか。
風が吹くように嘘をつく。
誰にとっても意味不明なこの言葉は、しかし私にとって、特別な一生の宝物であり続けるだろう。
【庭づくり初心者の挑戦】アカシアの木を剪定したら気持ちがっすきりした【100日チャレンジ11日目】
狭すぎる庭?でも諦めない!玄関植栽スペースの限界へ挑戦
ちょうど4年前に、新築の家を建てた。
自分たちの収入に若干見合っていないほどのローンを組んで(勿論35年)、やっとの思い出で建てた家。
全く都会ではないけれど、交通の便がよく、出ようと思えばすぐ梅田に出られるような場所なので、土地代はそれなりに高かった。
夫の実家は近くにあるのだが、その家を譲り受けられるかもわからず、思い切って土地から購入したのだ。
まあまあ近隣の家同士が密集して建っている地域で、庭なんてものはおろか、広めのバルコニーすらつけられなかった。
しかし、当時の私達夫婦は、庭を持っても持て余すだけだろうし、乾燥機で洗濯物も乾かすためバルコニーも狭くていいと考えたのだ。
それがどうだろう。
子どもが3人になった現在、広い中庭にこやつらを放ちたい……。
と強く思うようになった。
新築を建ててしまった今、もう引っ越しはできないし、中庭なんて夢のまた夢だし、せめて小さくても庭があったらな。
あるのは家の東側に90センチ程ある謎のスペースのみ。
あとは玄関前の小さな小さな植栽スペース。
活用方法もわからず、とりあえず今は砂利をひいている。
素敵な庭を夢見るが、いかんせん素敵なセンスも持ち合わせていないので、なんとなく玄関に小さな寄せ植えを作っては枯らし作っては枯らしを繰り返している。
そして何を思ったか、玄関前に申し訳程度に作った30センチ四方の植栽スペースに謎にアカシアの木を植えてみたりして過ごしていた。
しかし先日、地元の友人の家にお邪魔した際、その家の素敵な庭を拝見して羨ましさが爆発した。
芝生やタイルがひいてある庭に広々とプールを置いていて、その周りを楽しそうに子供達が鬼ごっこをしている……。
いいなぁぁ。
やっぱり庭、羨ましいなぁぁぁぁ。
友人宅のような立派な庭づくりは到底できないが、せめて玄関前の謎スペースだけでも綺麗に整えたくてこの友人に相談したところ、まずは伸び放題のアカシアを剪定するように指示を受ける。
正直アカシアが不恰好に成長してしまっているのには気づいていたが、剪定方法を調べることを後回しにしていた。
この友人の指示を受け、できる範囲で剪定してみると、それだけであら不思議、玄関前がとてもスッキリした。
ついでにアカシアの根元にこれまた無造作に生えていたハツユキカズラも思い切って全て引っこ抜く(夫が)。
するとどこに潜んでいたのか、イニシャルGの黒いあいつが勢いよく飛び出してきた。
叫ぶ夫。
幸いにも現場を目撃せずに済んだ私(玄関前の道路を走り回る次男を追いかけていたため)。
まあまあ大きめのGだったようで、トラウマになったと彼は語っております。
ごめんね。
でもまた同じような機会があったらきっとまたあなたに頼むと思う。
なぜなら私も怖いから。
そうこうして、たいしたことはしていないにも関わらず、なんとなくスッキリした玄関の植栽スペースを見て、なんとも清々しい気持ちになった。
本当にたいしたことはしていないのだが。
アカシアの枝切ってハツユキカズラ引っこ抜いただけだし。
いやぁ、整えるって大事ですね。
わかっているけど苦手なんだよなぁ。
依然として素敵な庭は遠い存在であるものの、明日も何かしら、玄関周りを整えていきたいと思う。
まずは乗っていない自転車の処分からかな……。
夢
【江頭さんに感情移入】今更ながら『スキップとローファー』を読んでみた【100日チャレンジ10日目】
『スキップとローファー』を見始めた。
評判が良いのは知っていたが、なんとなく敬遠していた。
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しかし漫画アプリで読めることを知って読み始めたところ、面白い面白い。
みつみちゃん、かわいいねえ。
みつみちゃんみたいに素直に生きられたら、きっと素敵な人生だよな。
私はこの漫画を読んでいて、江頭さんに感情移入してしまう。
オシャレに気を遣って色んなことを気にして生きていて、側から見ると上手に生きているけれど、誰がどう見ても美人の村重さんや、最初は少し見下していたみつみちゃんの素直さを羨ましく思っている女の子。
自分を理不尽に扱った人間を心の許さじノートに刻むところ、すごく親近感を覚える。
私も自分に嫌なことをしてくる人を脳内で呪っていたから。
私は江頭さんみたいに可愛らしいわけでもなければ人間関係を上手にこなしてきたわけでもないので、一緒くたにしては江頭さんに失礼なのだが。
全然洋服に気を遣ってないのに、なんであの子は自信たっぷりなの?
顔がすごくかわいいわけではないのに、このこはどうしてこんなに堂々としてるの?
なんて、自分に自信がなさすぎて、他人のことばっかり気にしてたんですよね。
そして、人の顔色ばかり窺わず、素直に生きている人のことを妬んでた思春期の自分。
今は幸いにも、育児に追われすぎていて他人を気にする暇もなくなり、そういう意味では心の平穏取り戻し中。
大人になったってことなのかな。
人の幸せを心から祝福できる人であれって、ドラえもんでもいってたしね。
(言ってなかったかもしれない。のび太くんがそうなんだっけ?あやふやな知識……。)
話が逸れてしまった。
いうてまだ数話しか見ていないので(漫画とアニメ同時進行で見ている)、これからきっと登場人物の深掘りがあるだろうし、印象も変わってくると思う。
それでもきっと素敵なお話が続くと思うので、これからも追いかけていきたい。
金曜と今日の昼にマクドナルドのハンバーガーとポテトを食べたら、しっかり口角炎になった。
夫はポテトを食べると急激に眠くなるという。
どうやら私たちは、栄養バランスに気を遣わずにマックを食べれる年齢を過ぎてしまったらしい。
長男がハッピーセットを貪り食った後、休憩を挟まず元気に走り回っている姿を見て、自分の老いを感じた休日の昼下がりだった。
【30代ひとりぼっち】公民館のヨガ教室がNOT FOR MEだった理由【100日チャレンジ9日目】
公民館で行われたヨガ教室に行ってきた。
申し込んだその日から、ずっと楽しみにしていたヨガ教室。
なんと自治会に入っている人は初回無料でレッスンをしてくださるという。
ヨガマットを片手に抱えてウキウキでいざ公民館へ。
入ってみると、そこには推定平均年齢70歳のお姉様方がずらり。
おっと……??
この辺りで、なんとなく不安が押し寄せる。
いや、本当は、このヨガ教室のチラシにお祖父さんお婆さんのイラストが書いてあり、レッスン名が「やさしいヨガ」だったの時点で、本当は気づいていた。
このヨガ教室は、NOT FOR MEだったのだ。
私は本当にヨガ初心者なのでわからないのだが、ヨガを行うというよりは、身体を優しく動かそう、というのがこの教室の趣旨だった。
椅子に座って足首を回して、首をストレッチして……。・
先生が頻繁に、お姉様方に「ご気分は悪くないですか?」と声をかけている。
お姉様方は都度、「足が攣る!」「曲がらない!」「動けない!」と言った返答を返していらっしゃる。
実際ストレッチをしていて気持ちよかったのは気持ちよかったのだが、なんというか、がっつりヨガのポーズを教わるものだと勝手に思い込んでいたため、若干の消化不良。
汗をかくと意気込んで着ていったスポーツウェアも、サラサラのままで帰宅。
初回無料で、次回も1000円でレッスンを行なってくださるというので、本当にありがたい機会ではあるのだが、おそらく私の年代はこの教室のターゲット層ではなかったのだろう。
先生も30代が一人ぽつんと混じっていて、困惑してしまったに違いない。
(ちなみに先生自身はおそらく私と同世代で、とても美しい方だった。
おなかがペターンと平で、先生のような姿になるためにヨガがやりたいのだ。)
最後に立木のポーズを教わって帰宅し、即、先生の名前と私の住んでいる地域のヨガスタジオでインターネット検索。
すぐに先生が講師を務めておられるヨガスタジオがヒットしたため、今度はそちらで体験レッスンを受けて、今度こそ本格的なヨガを学びたいと思う。
NOT FOR MEなヨガ教室ではあったが、お姉様方がわいわいと楽しそうにレッスンを受けておられるのをみるのは楽しかった。
こういう場でご年配の方の健康は保たれているのだろう。
しかしお姉様方、いかんせん雑談が多いため、先生のレッスンもなかなか進まなかった。
その雑談の時間も含めての、「やさしいヨガ」だったのだろう。
色んな意味で、勉強になったヨガ教室だった。
期待していたものとは違ったけれど、これで終わらず、次こそ自分がやりたいヨガが学べる教室を探していきたいと思う。
手始めに、先生のヨガスタジオから。
先生、ありがとうございました。